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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1791号 判決

原告

株式会社富士住建

右代表者代表取締役

安原治

右訴訟代理人弁護士

金子武嗣

竹橋正明

被告

準学校法人行岡保健衛生学園

右代表者理事

行岡正雄

右訴訟代理人弁護士

渡部雄策

井上洋一

三木秀夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一九億五〇〇〇万円及びこれに対する平成二年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、平成二年九月二八日に原・被告間に締結された別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)の売買契約が、約三年後の代金決済期日において、地価の下落のため著しく等価性を失ったとして、原告が被告に対し、公序良俗違反による契約の無効又は事情変更による契約の解除を主張して、既払の手付金及び中間金の返還を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、不動産売買及び不動産取引仲介を業とする株式会社である。

2  被告は、平成二年九月二八日、原告に対し、本件土地建物を代金六五億円(内訳は、建物が三億七〇〇〇万円で、土地が六一億三〇〇〇万円である。道路部分を除くと、一平方メートル当たり七三七万六五六五円である。)として、次の約定で売ることを合意した(以下「本件売買契約」という。)。

(一) 手付金 一三億円

(二) 平成二年九月二八日までに中間金六億五〇〇〇万円

(三) 平成五年一二月二七日までに所有権移転登記手続と引換えに残代金四五億五〇〇〇万円

(四) 違約金 一九五億五〇〇〇万円

3  原告は、被告に対し、平成二年九月二八日、手付金と中間金の合計一九億五〇〇〇万円を支払った。

4  平成五年一二月六日ころ、原告は、被告に対し、本件売買契約が民法九〇条に違反して無効であるから一九億五〇〇〇万円の返還を求める旨を書面で申し入れた。

5  同月二七日、原告は、残代金の支払をしなかった。

6  被告は、原告に対し同月二八日、原告の債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、違約金として一九億五〇〇〇万円を没収することを通知した。

7  平成六年四月二二日、原告は、被告に対し、事情の変更を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点

1  本件売買契約が、公序良俗(民法九〇条)に違反し、無効であるか。

(原告)

平成五年度の相続税路線価は一平方メートル当たり二二六万六〇〇〇円であり、本件売買契約は、等価性を著しく逸脱するので、公序良俗に違反し、無効である。

よって、原告が被告に支払った一九億五〇〇〇万円は、被告の不当利得であるので、原告は被告に対し、一九億五〇〇〇万円の返還を求める。

2  本件売買契約を事情変更の原則により解除することができるか。

(原告)

(一)(事情の変更)

契約締結日である平成二年九月二八日当時は地価が上昇中であったが、その後、決済日である平成五年一二月二七日までのわずか三年強の間に、本件土地の地価は約三分の一に暴落した。

(二)(原告の予見可能性の不存在)

契約締結当時地価は上昇中であり、かつ、資本主義経済体制となって以後、地価は上昇するものであって、未だかつて前記のような地価暴落が生じたことはなく、原告は地価の暴落を予見しえなかった。

(三)(事情の変更の発生につき原告に帰責性のないこと)

いわゆるバブル崩壊という経済的変動によって、地価が暴落したものである。

(四)(事情の変更によって、当初の契約内容に当事者を拘束することが著しく信義則に反すること)

(1) 原告は、不動産業者であって、本件土地建物を転売目的で買い受けたものであるが、決済期日当時においては、その約三分の一でしか売却できないという予期しえない著しい不利益を受けることになった。

一方、被告は、時価の約三倍もの売買代金を取得できるという予期しない不当な利益を受けることになり、原・被告間に著しい不公平が生じている。

(2) 本件売買契約締結から決済までに三年三か月もの期間が置かれたのは、被告の新校舎移転手続のためという、被告側の事情によるものであった。

(五) よって、原告は、被告に対し、第二の一7記載のとおり、本件売買契約を解除し、解除による原状回復請求として、一九億五〇〇〇万円の返還を求めるものである。

(被告)

(一) 事情変更の原則に対する被告の主張

(1) 原告は、投機取引によって業務利益を得る不動産業者であり、不動産市況についてのプロフェショナルであるから、既にバブル経済の崩壊と地価の下落の徴候が多数発生し、新聞等でも報道されていた本件売買契約締結時において、近い将来の地価下落の可能性は充分予見可能であった。

(2) 本件売買契約締結から決済までに三年三か月の期間が置かれたのは、被告の事情によるものではあるが、原告はこれを充分承知した上で購入申込みをし、期間設定に当たっても、何回も話合いのうえ合意したものであり、期間設定のリスクは原告も負うべきである。

(3) 被告は、本件売買契約締結当時に代替不動産を当時の時価で購入し、両取引を一体のものとして計画していたのであって、本件売買契約の代金を右代替不動産購入資金に充当することを期待して資金計画をたてており、原告もこのことを十分に認識していた。

それにもかかわらず、原告の債務不履行によって、その清算ができず、銀行借入の金利負担で多大な損害を被っている。仮に原告の解除が認められるとすれば、被告がさらに不当な損失を被ることになるというべきである。

(二) 事情変更の原則による解除に対する被告の抗弁(原告の解除に先立つ、原告の債務不履行による解除)

(1) 第二の一4及び5記載のとおり、平成五年一二月六日ころ、原告は、被告に対し、一九億五〇〇〇万円の返還を求める旨書面で申し入れ、残代金支払の意思のないことを明確にし、決済期日である同月二七日に残代金の支払をしなかった。

(2) そこで、第二の一6記載のとおり、被告は、原告に対し、同月二八日、原告の債務不履行により本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたものである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

原告は、本件売買契約が決済期日においては著しく等価性を失うに至ったとして、右契約が公序良俗に違反して無効であると主張する。

しかし、そもそも契約が等価性を欠くものとして公序良俗に違反する、いわゆる暴利行為に当たるといえるのは、契約当事者の一方が、弱者的立場にある相手方の窮迫、軽率又は無経験に乗じて、相手方に著しく不利益な契約の合意を余儀なくさせた場合であるから、契約締結時を基準として、契約内容の客観的暴利性及び相手方の窮追等に乗じたという主観的事情が認められなければならない。

しかるに、原告は、右の基準時以後の事情を主張するに留まり、本件売買契約締結時における客観的暴利性及び主観的事情については何ら主張しないのであるから、本件売買契約が公序良俗に違反して無効である旨の原告の主張は、それ自体失当である。

二  争点2について

原告は、本件売買契約締結日から決済期日までの間に地価が約三分の一に下落したとして事情の変更を理由とする解除を主張する。

しかしながら、本来、当事者の合意により契約が成立した以上は、当事者双方は契約に拘束され、以後の事情の変化にかかわらず契約上の債務を履行すべき義務を負うことは契約法の大原則であり、事情の変更を理由とする当事者の解除権は、契約の基礎となった事情が、客観的に観察して、当事者を契約によって拘束することが信義誠実の原則上著しく不合理と認められるほどに変化した場合にのみ認められるべきものである。

そうすると、本件においては、仮に原告の主張するような約三分の一という地価の下落が認められるとしても、その下落幅は売買契約における給付の等価性を破壊するほど著しいものとまではいえないから、原告が主張するその余の諸事情(第二の二2(二)ないし(四)の事実)を合わせ斟酌しても、なお、原告を契約によって拘束することが著しく不合理である、言い換えれば、契約を解除し全くの白紙の状態に戻してしまうことが信義誠実の原則によって要求されると評価するには足りないと言わざるをえない。

したがって、その余の点につき検討するまでもなく、事情変更の原則により本件売買契約を解除した旨の原告の主張も失当である。

三  以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鳥越健治 裁判官小林昭彦 裁判宮池町知佐子)

別紙物件目録〈省略〉

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